同志会

同志会

同志会とは

終戦後の剣道禁止期において柴田万作先生を中心に結成され、進駐軍の目を逃れながら活動したと言われる。
忠信幼稚園、早稲田警察署、戸塚警察署などと活動を転々としていたが、いずれも禁止令により活動が続けられなくなり、昭和23年頃から尚道館での稽古が始まり、稽古は週三回で剣道専門家、実業家と広く参加者があり、中には米国軍人の参加もあったと言われ会員数は50名にも及んだと。

■主な構成員
斎村五郎、柴田万作、小野十生、森 正純、堀口 清、小川忠太郎、佐藤貞雄、中野八十二、渡邉敏雄、羽賀準一、飯田昌隆、齋藤今朝治、増田道義、佐藤 顕、棚谷昌美、河島 蔚、森島健男、小室長二郎 他多数。

最前列右から 小野十生、斎村五郎、岡田守弘

そしてこの組織の事務統轄を行なっていた渡邉敏雄先生(後に全日本剣道連盟初代事務局長、早稲田大学師範)の孤軍奮闘、血の滲むようなご尽力と東奔西走によって、東京都剣道連盟及び全日本剣道連盟が発足し、剣道の復活が成された。
この事は、未来永劫、近代剣道史に深く刻まれなければならない事だと認識している。
この会はそれ以降も尚道館において定期的に活動は継続されたが、昭和63年、渡邉先生ご逝去を受け解散された。

小野派一刀流

 戦後もうひとつ尚道館において行なわれた稽古が、小野派一刀流の稽古である。笹森順造宗家の道場、禮楽堂が出来る以前の昭和20年代、尚道館で宗家指導による一刀流剣術の形稽古が石田和外(第二代全剣連会長)、小野十生、小川忠太郎、鶴海岩夫、大森茂作、清野武治等の先生方で続けられたことも特筆すべき事であった。

初代館長は戦前より中山博道範士高弟の橋本統陽範士につき居合道を学び、以後居合道の指導にも情熱を燃やし剣居一体を目指した。初代館長の門人に佐川博男、草間昭盛、山本繁雄、岡本義春各範士をはじめ多数の高段者を輩出した。

3代目となる現館長も、幼年より初代館長の手ほどきを受け、その技術を弟子達へ、そして次の世代へ受け継がれている。

参考資料:「剣道の復活」「東剣連30周年記念誌」「現代武道家物語」「一つの戦後剣道史」